2023.12.4現在の考察 誤謬多々含むと思われる
●「判断」について
和谷は基本的に裏表や屈託が無く素直でまっすぐに見えるが、内心で考えていることが意外にも深い。というか、何を表に出すべきではないか、をきちんと判断している。
プロ試験の伊角対ヒカル戦にて、伊角がアテ間違え→反則及びそれを隠匿しようとしたことで三対局分もの期間落ち込んでいたことを、ついには明かされないまま解決されても追求しようとはしなかった。
プロ棋士になってからも、自身がヒカルに抱く畏怖や劣等感を後ろ向きな形で表面化させることはなく(北斗杯計画段階での「オレだって」の発言がほぼ唯一前向きな形での発信だろう)、そういった感情はあまり他者から読み取られない性質をしている。
これらが全て「思考」によって意図されたものかどうか。深く考えずとも直感的に「そうすべきではない」と判別しているのか? 恐らく違う。 和谷はモノローグやセリフの端々から『自分が/自分たちがどういった存在なのか』を把握している節が見られる。
院生時代、ヒカルに対する「オレ達院生はプロ試験に受からなければ一歩も前に進めない」 伊角が負け続けていた最中の「オレにだって何も言わねーんだ おまえに言うわけねーだろ」 プロ試験後にヒカルと伊角について話す「電話とかかけにくかったし」
相手/世界から見て自分は/自分たちはどう思われているのか。 これは、相手の立場になって考えることができないと把握できない。 和谷のそれは”思考”による判断なのだ。
●「後ろめたさ」について
決して明るいだけではないが意図的に暗さを表面化させないようにしている和谷。観測している我々も和谷の暗い面をなかなか目にする機会がない。 ここで出てくるのが言わずとしれた北斗杯予選だ。 これは完全に和谷の暗い面を表面化させている。と言うのは、表面化する前から確実に存在はしているからだ。 兆しがあるのは碁会所巡りの最後、ヒカル対スヨンの対局から。芽生えたのはプロ試験でのヒカル対和谷の対局から。 そしてそれが確実に和谷の中で息づいたのは、sai vs toya koyo戦後の森下研究会での検討でヒカルが一手を指摘したとき。
作中、和谷のモノローグで分かりやすく示される部分がある。 北斗杯予選直前の
「オレと進藤はあたらない 正直――ありがたい」
「研究会でコイツのヨミの深さについていけない時がある」
「いつも近くにいるせいでいやおうなしに力の差を感じさせられるんだ」
「オレだって悔しいんだぜ師匠」
和谷の持つ暗い面、畏怖や劣等感と前述したが、換言すれば『進藤ヒカルに勝てないと和谷自身が思っていて、それを仕方のないことだと受容している』である。 和谷にとってヒカルは仲間であり友人である。しかしライバルである以上に『壁』だ。切磋琢磨する対等な相手として見るには、ヒカルは先を行き過ぎている――と和谷は感じている。
最も露骨なのが「正直ありがたい」の部分だろう。越智に勝てばヒカルに勝てなくても北斗杯に出られる。勝てない相手と戦わなくて済む。だから「ありがたい」。 そして、その考え方が『自身の強さを磨く棋士としての矜持』に反しているから、「”正直”(=本来そう思うべきではない)」。 和谷はこの時点で、ヒカルに力が及ばないことへの純粋な悔しさ、自身が持つべき矜持に反することへの後ろめたさ、それでも低段者同士の地道な対局以上に活躍できる場に立ちたい願望とを抱いている。
●「オレだって」について
森下師匠の「ソイツに勝てなくなるぞ」に対しての「オレだって悔しいんだぜ師匠」。 「オレだって」は森下師匠がかけた言葉が”理解を促すためのもの”だったことに対する反発だ。 この前に森下師匠は「人をスゲエと思うのもたいがいにしとけよ」と指摘している。和谷がヒカルを『壁』として評価してしまっているから、それを気づかせて、やめておけ、と理解させようとしている。
ところが和谷は「オレだって悔しいんだぜ」と本人には言わずとも内心で反発している。分かってはいる、という意味だ。だからこの「オレだって」は、『師匠に言われなくても自覚しているけれど、今の自分ではどうしようもない』なのだ。 今の自分の実力ではヒカルに勝てない。そして、そう感じてしまうのも変えられない。 なぜなら「いやおうなしに力の差を感じさせられる」から。和谷はまだ、森下師匠が本当に言わんとしている『比べるな』ということを飲み込めていないのだ。
このモノローグにおいて二人が直接対局をするシーンは無いのにヨミの深さが強調されているのは『他者の対局の検討でヒカルがヨミを見せるから』だ。和谷とヒカルが盤面上でお互いをヨミ合っているわけではない(研究会で対局している可能性は普通にあるが)。それはつまり、対局という反対方向からのぶつかり合いではなく、検討という全員で同じ方向を向いて道を探る状況において、自身の考え以上のものをヒカルが出してくる故に、同じ評価軸の上で比較をしてしまうのだ。
もうひとつ、「オレだって」がある。和谷のアパートにて初めて北斗杯の話を共有した時だ。
「オレだって! 進藤に比べてオレは今ちょっと足踏みしてるカンジだけど」
そもそも和谷は性分として『他者を比較対象として自分を推し量ろうとする』節がある。 院生時代が顕著だ。棋力で勝っているはずのフクに苦手意識があり、棋力で負けていそうな越智に相性が良い。ヒカルとの相性の話が出てこなかったのは、当初からヒカルは和谷にとって強敵ではなく格下であり、その印象が覆される速度が速すぎたからだ。塔矢含め周囲があれほどヒカルを特別視していれば、否が応でも何か特別なものがあるのかと気になるし、その上でスヨンとの一局やプロ試験で和谷を上回る力を見せるものだから、和谷はヒカルを評価軸に置くことに苦労しただろう。実際に伊角新初段シリーズにて門脇の話と経験の整合性が取れないので「混乱してきた」と苦心している。
そしてこんなことが続き、プロになった和谷にとってヒカルは「自分の弱さを感じさせる比較対象」になってしまっている。比較して固定観念をつくってしまう和谷の性分でこれは相当に重たい。
伊角新初段シリーズのシーン、本田と越智の二人は「進藤を気にしたら損」「自分だ自分」と割り切っているが、和谷はここを解決できず頭を抱えたまま終わる。『和谷はヒカルを気にし続け、自分と比較し続けている』ことの表現だ。
●閑話 和谷にとって越智とは
越智は院生時代からかなり強く、頭角を現すのも早く、院生一組の間でも一目置かれていた存在である。若獅子戦後、実力者である本田はここまで負け越しており、伊角ですら「五分五分」と言っていた。
ところが和谷は「オレも五分だぜ」と自ら越智との相性の良さを喧伝している。これは決して越智を下に見ているわけではない。むしろ、越智の強さを理解しているからこそ『強い越智と五分である程度には自分の実力が担保されている』と嬉しそうにしているのだ。越智には勝てる可能性が高い、と感じている。実際プロの手合でも和谷は越智に勝っている。故に、北斗杯予選では越智を相手にしてもヒカルに対するような『勝てないと感じる』ことはない。
けれどそれは、和谷が越智自身の実力と拮抗しているとは言い難い。プロ試験も北斗杯予選も、一番大事な対局で和谷は越智に負けている。ただそれは和谷にとって決して予想外の出来事ではなく、ある種『現実を突きつけられた』ということになる。相対値ではなく絶対値での強さがあり、自身を見るときに他者と比較するのをやめるべきだという森下師匠の言葉がようやく響いてくる。
――本題である北斗杯予選の話はまた後日追記します。