思想 なぜ自分語りをメモ帳などではなくマイクロブログ系SNSに書き込むのか

自分の話だけなので、他の人がどうかは分からない

◯前提としてSNSである必要性

=文章の単位を短くブロックに区切ることができるUIとの相性の良さ

・他者の存在が見えることで自他の境界を感じる(他者を自己強化の為に利用するのは推奨されないが…)

=とりわけ知り合いにリアクションされることで個としての何かを得た感触

◯結果的に”それ”に何を求めているか

・自己の思想(文章単位)への他者からの理解(論理的な納得/批評)及びそれによる自己の確立

※他者の中に『客観的立場の自己』が含まれない場合もある。

※自身の”目的”が『論理的に理解可能な思考を持ち他者の懊悩に多少なりとも解を持つ、信頼できる”存在”になること』であるとして、未だそこへ至る過程なのだろうと思う。

◯余談 『他者がそれを読むかどうかを前提にせず物を書くこと』

読まれるとも読まれないとも思っていない、読まれたらいいなと思うけどその為には書いていない。らしい。

・自分が書きたいから書く、の根源→「言語化する過程で思考が固まる」ので、思想の構築を目的にしている

・言語化された完成品の文章だけが目的ではないので、その文章がどう扱われても前段階にある「自分の思想の構築」に大きな影響が無い。

=書き終わった時点で目的を達成している(もちろん文章を完成させて投稿したり頒布することも目的に含む場合もある。けれど”それだけ”ということは多分ほぼ無い)。

・そもそも自分自身が「他者の文章から他者の思想を読む」ことを主軸に置いているので、他者が自分の思想ではなく「文章」 に重点をどれほど置いているか分からない、というのもある。

結論としては、「他者が存在することそのものを活動の表出化のトリガーにしようとしている」なんだろうか。失礼千万なので、いい加減SNS……というか、ここまで来ると他者だ、他者との向き合い方を考え直したほうがいい、私は。