はてしなくそしてまばゆく

 終電ギリギリに乗れたのは、ひとえに和谷の「伊角さん、ダッシュ!」の声によるものだ。ふらふらの足腰を叱咤しなんとか駆け込んだ最終電車で数駅を跨ぎ、ルームシェア、という名で他方に説明している二人の我が家の最寄り駅へ辿り着く。ここから十分の帰路をいつも通り歩ける気はしなかった。
「伊角さん、大丈夫?」
「和谷こそ顔赤いぞ」
 誰がどう見ても酔っ払い二人であった。伊角は普段よりさらに上機嫌にけらけらと笑うが、覚束ない足取りは隠せない。
 改札を抜けてしばらく、気持ち程度の街灯だけが示す道をゆっくりと歩きながら、和谷は手を差し出した。
「大丈夫じゃなさそう」
 繋ごう、という意思を感じる。けれどもそれは、なんだか少し怖くて、この心細さは酒のせいなのかもしれないと強がって、首を横に振った。
「いいってば。歩ける」
 すっかり住み慣れた街は、時に郷愁を与える。たとえば実家の空気とか、たとえば院生仲間とか、たとえばあの頃の和谷とか。
 大人になってしまったから、もう戻れないから、今こうしているのかもしれないけど。
 和谷は手を引っ込めて、眉を下げて呟いた。
「歩けても、繋ぎたいのに」
 それでも和谷は、あの頃とは違うと分かっていてもこうして手を伸ばしてくれる。
 一体いつまで、保証のない今を、未来を続けるのだろう。
 その怖さから、心細さから逃げ出すように、強く足を蹴り出した。
 その途端。
「おわぁっ」
 ずる、と足が滑って、
「伊角さんっ!」
 これまたギリギリで、腕ごと和谷に支えられる。伊角は荒く息を吐きながら、その肩に腕をかけた。
「あ、危なかった……ありがとう、和谷」
 和谷は少ししてから、くすくすと笑いだした。
「だから言ったのに」
「う……」
 そのまま立ち止まっていたがしばらくしても歩き出そうとしない和谷に首を傾げる。
「和谷?」
 和谷は掴んでいた伊角の腕を離し、正面に向き直って、その身体をぎゅうと抱擁した。
 こんな往来で? いや、無人か。
「ど、どうしたんだ? どこか痛めたのか?」
 そうして上げられた和谷の顔は、ほんのりと赤くて、それでも真剣な眼差しで、伊角を貫いていた。
 薄暗い街灯からの光を斜めに受けて、和谷は微笑んでいた。
 時折見せる優しげな、けれど何も言わなかった顔。
 その答えが、今日、ここにあった。

「伊角さん、結婚しよっか」

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